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日本の社窓から・・・(その1)

 BGM: (あの音楽)0xF9A4

 今夜は、都内某通信キャリアのスカイスクレイパーからお伝えします。0xF9CE

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 皇居をはじめ、永田町や霞ヶ関など、日本の中枢を見下ろす、絶好のロケーション。0xF9F8

 このビルの国会議事堂側と首相官邸側の窓ガラスは、スナイパーが狙撃できないように、すべてハメ殺しになっているとか、いないとか。

 BGM: (停止)

 国家元首が替わるそうですが。

 前首相の功罪は、賛否両論別れるところですが、少なくとも社会の二極分化を加速させてしまったことは、間違いないでしょう。

 この5年半で、この窓枠に切り取られた青空のように、いっそう歪な社会になってしまいました。

 人間を「枠」にはめ、枠に入らない人間を無情にも切り捨て、かろうじて枠に入った人間でさえ、仲間同士で蹴落とし合う社会・・・。

 新首相は、「やり直しのきく社会」を目指すそうですが、はたしてそう上手く行くでしょうか。

 一度切ってしまった舵は、そう簡単には元に戻りません。なぜなら、国家の未来の基盤を担う人材を産み出す教育制度をはじめとして、多くの人間から「そうぞう力」を奪うシステムを作り上げてしまったからです。

 ここでいう「そうぞう力」とは、新しいものを考え産み出す「創造力」はもちろんのこと、他者の痛みや苦しみを慮る「想像力」であったりします。

 街角に“群れる”多くの若者たちを見れば、事の深刻さの一端が見えてくるでしょう。

 大して面白くもない話題に、大声を上げ手を叩き合い、類人猿のように振る舞うその姿。まるで自分たちが“友情だと信じている”「希薄な関係」を確かめ合うかのように。

 あるいは、他者との関係を拒絶し、フィードバックの無い二次元の世界に引き籠もる若者たち。

 一部の数少ない人間と、大多数の人間たちとの格差拡大は、この先、さらに指数関数的に、情け容赦なく進んで行くことでしょう。

 それは、単に富や権力の一極集中という意味ではなく、人間の「質」の格差拡大という意味で。

 しかも、大多数の人間たちには、自分たちがその「不幸なマジョリティ」であることさえ、分からないようしむけられているのです。本質ではない、不毛な知識の押し付けによって。

 でも、それで良いと思います。

 ある意味、「Blade Runner」で描かれた未来よりも暗く陰鬱な社会。有機体ロボットが感情を持ち、人間化していくのに対し、人間が他者に対するシンパシーを失い、無感情・無表情になってロボット化していくという・・・。

 生物学的には人間の姿形はしていても、人間の本質を失ってしまった“生物”たち。そのくせ生殖衝動だけは人一倍。もはや人類でも新人類でもなく。

 この開くことのない窓からは、そんな21世紀の、暗く冷たい、出口のない世界が見えます。

 BGM: サミュエル・バーバー作曲、「弦楽のためのアダージョ」

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